「南華っ・・待ってろよ・・すぐ・・会いに行くからな・・」

世界が壊れても 世界を敵に回しても 君に会えるのなら 世界なんてどうでもいい

ズシャッ・・・・・

殺風景な森の中。 鈍い音が響きわたる。

「・・フフ・・情けないわね」

ゴシックロリータ風の服を着た金色の長髪の女が緑の瞳で不敵に笑う。
手は血で真っ赤に染まっていた。
浅い呼吸音が辺りに響き渡り、どことなく風は生温かった。

「よ・・くも・・南華・・を・・」

浅い呼吸を繰り返す、緑色の長い髪の男が言う。
手には血みどろの美しい顔の女性を抱いて。

「フフ・・取りにおいでよ・・?“世界の石”を」

金髪の女は楽しそうに笑う。
緑髪の男を見下したような目で。

「・・っ・・行ってやる・・行ってやるよ・・南華が生きかえるのなら・・」

「生きかえるわよ」

女は楽しそうに笑った。それを下から睨みあげる。
止めどなく流れる血。男はそれを掻き集めるように女性を抱きしめた。

「絶対取りに行く・・」

「・・そ・・じゃ・・待ってるわ〜」

そういうと女は木に立てかけておいた箒を手に取り、それにまたがり空高く舞い上がりとんでいってしまった。

殺風景な森の中一人取り残された男。

「・・南華・・待ってろよ・・」

廻らない星 時を刻まない時計 真っ暗な世界
すべてを実現させても 俺は行く “世界の石”を取りに

琥珀色の幻想


ここは地球ではない何処かの星。
その星は“世界の石”によって平和が保たれていた。
その石は、赤く鈍く光、願いは何でも叶えてくれると言う。
しかし、その石を「金の玉座」から外すとその星が壊れてしまうと言う。

ザシュッ・・・・

頭を突き刺す鈍い音。
赤黒い液状のモノ。
人々の悲鳴。
楽しくて楽しくてたまらなかったんだ。
人も世界も星も・・・何もかもが邪魔で私自体がイラナイ。
全部キエチャエバイイ・・ そう思った。


「・・・音羽ッ・・」

「栄樹?どうしたの?」

ドアが激しく叩かれ、声と共にゆっくりとドアが開いた。
音羽と呼ばれた人物はドアの向こう側から赤みがかった茶色の長い髪をまとめながら出てきた。血みどろの男に少しびっくりする。音羽は赤い瞳を丸くして男を上から下まで見た。

「南華が・・・」

栄樹と呼ばれた男は緑の長い髪が半分以上赤く染まっていた。
音羽がそれを拭おうとすると、そんなことは良いから、という顔で森の方を指さす。
普段は柔らかな表情を浮かべる青い瞳とその優しげな顔は、今は涙が溢れて険しい表情だった。
音羽は危機を察して、その美しい顔を歪めた。

二人は栄樹が指さす殺風景な森にやって来た。
そこには血みどろの女性が倒れていた。

「南華・・」

音羽が呟く。
この女性、南華はぐちゃぐちゃの躯を無残に地面に転がしていた。

「世界の石・・取りにこいって・・」

南華を見つめながら、栄樹が言う。
嗚咽もせずにただ涙だけが頬を伝っていた。
音羽はその場にしゃがみこみ、南華の白い頬を撫でた。
柔らかく、暖かかった頬はもうなんの熱も帯びていなかった。
音羽は頬を撫でていた手を握りしめて、唇を噛んだ。

「へぇ・・?誰が?」

音羽は呟き、栄樹を振り返った。
その表情は、もう喜々としていた。

「・・エミリって魔女・・」

エミリが飛び立った空をぼんやり眺めながら呟く栄樹。

「・・・んー・・いいよ?」

少し考えてから笑っていった音羽。

「え?」

何が?と聞きたげな様子で音羽を見つめる栄樹。

「・・世界の石。一緒に取りに行こうよ?ちょーど暇だった所。一緒に行ってやるよ」

にっこりと楽しそうに笑って見せる音羽。
その口調は、美しさとは正反対だったが栄樹はようやく安堵したような表情を浮かべた。

「音羽・・」

「・・・世界・・壊シテミタイシ・・?」

音羽が不適に笑う。 冷たく・・残酷に・・


こうして俺達の 旅が始まった。

さて・・琥珀色の幻想はいつまで俺達を惑わせるかな?

「さて・・行きますか・・」

さよなら俺の家 街 世界・・もう二度とこれないダロウナ
それでも俺は・・行くから・・

「南華・・すぐ行くから・・」

栄樹は荷物を手に、家の中を振り返った。
ベッドに横たわる遺体。愛しさで胸が爆発しそうになるのを抑え、栄樹はまた踵を返した。

「栄樹〜っ準備できた〜?」

家の外から音羽の声がする。
支度を早々としてしまった音羽が待ちくたびれて栄樹を呼ぶ。

「あ。うん今行く・・」

いそいそと家を出る栄樹。
そして二人は歩き出す。

琥珀色の幻想 と 赤黒い現実 へ


音羽「・・・なんか・・人気の無い街だねぇ・・」

栄樹「・・所々壊れてるしな・・」

風の音しかしない街。
二人はそこに立っていた。

音羽「なんか壊されてるって感じだね」

やれやれと言ったように音羽は辺りを見回した。

「・・誰?」

すると突然、声が聞こえ二人は勢いよく振り返った。
しかしそこには何も無かったが、確かに人の気配は感じる。
先ほどまでは全く無かった人の気配。
暫くして、栄樹達のすぐ横の家から黒髪の少年が出てきた。
やけに整った顔を二人に向け、緑の瞳で観察するように動かした。

音羽「アンタこそ誰よ。」

「俺はここに住んでるんだけど・・?」

音羽の聞き方が気にくわなかったのか、音羽を睨む。
こんな町で一人で・・?、と栄樹と音羽は顔を見合わせた。
少年はどこか飄々としていて、危機感もなく短く切った黒髪を撫で付けていた。

栄樹「あ・・そうなんだ・・?俺は栄樹。」

音羽「私は音羽。」

とりあえず、自己紹介をする二人。
敵では無いことを表すため微笑みを付けると、少年はどこか嬉しそうに歩み寄ってきた。

虹翆「・・俺は虹翆(こすい)・・よろしく栄樹。」

にこっと笑う虹翆。
しかしその微笑みは栄樹にのみ向けられているような気がした。

音羽「よろしく。」

・・気がしたので、にっこりと笑って挨拶をする音羽。

虹翆「てめぇには言ってねぇよ」

目線は栄樹で、音羽に言う虹翆。
どことなく嵐の予感を感じ、栄樹は微笑みを浮かべたまま音羽を見やった。
あ・・なんか今バチバチっと・・。

栄樹「えーっと・・?」

宥めようとした瞬間、音羽が虹翠の肩を掴んだ。
その形相は恐ろしいものだった。

音羽「な・・なんですってぇ・・?」

キレかけ寸前で音羽は低い声を出す。
しかし虹翠は音羽の手を払いのけ、栄樹の腕を取った。

虹翆「なぁなぁっドコから来たんだ?」

やたらと栄樹になつっこい虹翆。
どうやら気に入られたようだった。無邪気な笑みを向けてくる。
栄樹は咄嗟に音羽に背を向けて、虹翠を守った。

栄樹「えっと・・俺達は、ここから隣の隣くらいの街から来たんだ・・」

とりあえず説明する栄樹。
背中から寒気とも熱気とも付かぬ温度が襲いかかってくる。

虹翆「へぇ〜疲れたろ?俺の家で休んでいけよ!」

さっき出てきた家を指さす虹翆。
栄樹はそれを見、音羽も横目で見た。

栄樹「あ・・ありがと・・」

とりあえず営業スマイルを浮かべる。
さあさあ、と腕を取って歩き出す虹翠。

音羽「ちょっと!私は無視!?」

いい加減キレた音羽が叫び始める。
虹翠はくるりと振り返ってあからさまに嫌な顔を音羽に向けた。

虹翆「あ?居たのか。」

栄樹とは明らかに態度が違う虹翆。
音羽はずかずかと虹翠に歩み寄り、ガンを飛ばし、喧嘩モードに入った。

音羽「ずっと居たわよ!
大体あんたさっきからなによ?女の子には優しくしないとモテないわよ?!」

虹翆「別にモテなくてもいいし」

キッパリと切り捨てた虹翆。
そして、栄樹がいればいいかなー、と栄樹に微笑みかける。

音羽「可愛くないわねぇ・・顔がイイ奴はみんなそうよ!」

栄樹「音羽も充分可愛いと思うよ・・?」

とりあえずフォローっぽいものを入れる栄樹。
これ以上怒らせると町を滅茶苦茶にしかねない。
音羽は栄樹に可愛いと言われ、少しおとなしくなる。

虹翆「栄樹もカッコイイよ〜」

しかし拍車をかけるように虹翠が天使の微笑みを栄樹に向けた。
そしてちらりと音羽を見やる。お前はブス、と顔に書いてあった。

栄樹「あ・・ありがとう・・?」

とりあえず営業スマイルを崩さない栄樹。
音羽は二人に背を向け、腕を組んだ。

音羽「あーもー最悪ッ」

叫び声と共に近くにあった小石を思いっきり蹴った。
目の前の家のガラス窓が割れた。

虹翆「こっちだって最悪だよ・・!行こ?栄樹」

虹翠は気にも留めずに栄樹の腕を取った。
連れ込まれそうな所をなんとか踏みとどまり、栄樹は音羽を振り返った。

栄樹「あ・・でも・・音羽は一応女の子だし・・風邪ひいちゃうよ?
俺はいいから、入れてあげて?」

優しい栄樹に、虹翠は渋々頷いた。

虹翆「・・・・分かった・・栄樹が言うならいいよ。」

そしてにっこりと笑う虹翆。

栄樹「ありがとう」

同じようににっこりと笑う栄樹。
音羽、と呼ぶと音羽も渋々振り返り二人の方に歩み寄ってきた。

音羽「・・一応礼は言っておくわ・・」

女の子らしく控えめになった音羽に、虹翠は舌打ちをした。
あ、やべえ、と栄樹は一歩後ろに下がる。

虹翆「てめぇなんかに言われたくねぇよ。栄樹に感謝するんだな。」

態度が豹変。音羽も豹変。
次の瞬間凄まじい音が辺りに響き渡ったのだった・・。


虹翆「で・・?なんで栄樹は旅してるの?」

虹翠の家には灯りが少なく、ロウソクとランプが部屋の中を照らし出していた。
栄樹は虹翠の方を余り見ずに、自分の足下を見た。

栄樹「うん・・世界の石を取りに行こうかと思ってね・・」

虹翆「え!?世界の石・・!?」

包帯やらなんやらを体中に貼り付けまくる虹翆。
骨を何本か折ったらしい。
それでも平気な顔で音羽には悪態をつき、栄樹に媚を売る虹翠はただ者では無いようだった。

虹翆「世界の石を取りに行くって事は・・世界を壊すって事だよな・・?」

わくわくしながら聞いてくる虹翆。
音羽は虹翠をぼこぼこにした後、さっさとベッドに潜り込んでしまった。
勝手に人のベッド使いやがって、と文句を言い出す虹翠に、まあまあ疲れてるんだから、と宥めたのも栄樹だった。

栄樹「・・・そうだね。そうとも言うね」

虹翆「うわ〜っすっげぇ・・!」

キラキラした目で栄樹を見る虹翆。
栄樹は深い事は言えずに、微笑みで誤魔化した。

栄樹「虹翆はここに一人で住んでるの?」

ついでに話題も変える。
先ほどから気になっていた事でもある。

虹翆「うん・・今はね。昔はもっと沢山居たんだけど・・・盗賊だっけ・・?
なんかそういうのが襲ってきて・・壊されちゃったんだ。俺は運良く生き残ったけど。」

虹翠は自分の手元を見ながら呟いた。
一人だけ生き残ったというのに、やはり飄々としていた。

虹翆「でも・・これでよかったのかもしれない・・もしかしたら・・
俺が壊してたかもしれないから・・・・・・栄樹はなんで世界を壊しに行くの?」

虹翠はそこまで言って、あまり深い事は言えず微笑みで誤魔化し
ついでに話題を変えた。
栄樹は苦笑して、ようやく虹翠の顔を見た。

栄樹「・・・ある魔女に・・大切な人を殺されて
・・その石さえ取りに来れば生き返れるって・・」

遠い目で虹翠の顔を見る。
虹翠はジッと栄樹を見ていた。

虹翆「・・その人を生き返らせたいんだ?」

栄樹「うん。」

何の悪びれもなく頷く栄樹。
虹翠は楽しいモノでも見つけたかのように笑みを浮かべた。

虹翆「・・でもさ。その人が生き返ったと同時に世界が壊れるんでない?」

栄樹「うーん・・でも・・一瞬でも・・もう一回だけその人の笑顔を見たいんだ・・・・」

栄樹の寂しそうな横顔はとても同感できて受け入れたく無かった。
『ムリダロ』とは笑わない。 だって世界なんて壊して欲しいから。
こんな薄汚れた汚い世界。
壊れれば良いんだ。
第一そう言う世界を作ったのも俺達なんだから
自ら壊せばいいだろうが。

もう俺には何も無いし ありすぎる。

虹翆「・・ねぇ・・栄樹。」

栄樹「ん?何?」

虹翆「俺も行きたいっつったら・・どうする?」

真面目な顔で首を傾げる虹翆。
冗談では無いのだろう。んー・・と暫く考える。
そして、こう答えた。

栄樹「・・来る?」

一言にっこりと微笑み、そう言った。
パッと表情が明るくなれば、ガシッと栄樹に抱きつけば。

虹翆「ありがとうッ大好きっ」

そう叫ぶ。
それを影から見ていた音羽。
黒い笑みを浮かべつつも

音羽「・・・おまえらは恋人か・・」

2人には聞こえない声でそう呟き。
そして私の了解無しで勝手に決めるなよ、と栄樹を呪ったりして。

虹翆「ところで、いつ出発するんだ?」

目を輝かせながら訊く虹翆。

栄樹「できれば早い方がいいかな。虹翆、すぐに準備できるか?」

虹翆「もちろん! 栄樹の言う通りにするっ!」

笑いながら即答する虹翆。それにつられて笑う栄樹。
額に青筋が浮かぶ音羽。気づく者は居ない。


〜".:.,"〜#.:.*〜",.:."〜#.:.*〜〜".:.,"〜#.:.*〜",.:."〜#.:.*〜

数日後。

虹翆「ここには、もう戻らないだろうな・・・。さよなら」

小さな声でそう言って、栄樹と音羽へと振り向く。

虹翆「さぁ、行こうか。世界を壊しに」

音羽「・・・・なんで・・・コイツが・・・」

ギロリ。

虹翆「何か文句でも?」

音羽「別に。いくよっ」

栄樹「・・・ああ」


周りに見えるは枯れ果てた町。町をさまよう風達。
その風景に、三人分の足音が響く。

虹翆「・・・で。“世界の石”って・・何処にあんの?」

不思議そうに首を傾げつつも2人より少しばかり小さい虹翆は見上げるように2人を見つめつつもそう聞いてみて。

栄樹「えーっ・・と。何処だっけ?」

音羽の方を見れば、首を傾げて聞いてみたり。
『私かいっ!』と思わずツッコミを入れてしまった音羽。
呆れたように溜息をつけば

音羽「世界の石は、“世界城”にあるの。世界城くらい分かるわよねぇ?」

まさか知らないなんて事は・・と思いつつも2人に首を傾げて。

虹翆「世界城ぉ〜?何処だ其処。」

はあぁ?と言ったような顔でまた首を傾げて。

栄樹「世界城はこの世界の中心となるお城だよ;」

とりあえず簡単な説明を入れる栄樹。
やっぱり知らない奴が1人居たか・・とまた呆れたように溜息をつく音羽。

音羽「世界の石を守るべく作られた場所。そしてこの世界の王と呼ばれる人が住んでる所。其処からすべての町や村に指令を出したり・・。今・・こうやって争いが少ないのもその城があるから・・かしらね?まあ世界の司令塔・・的な所?」

途中で何言ってるか解らなくなりつつもそう説明して。
なるほどと頷きつつも腕を組んで聞く虹翆。

音羽「あんたこれくらいは一般常識よ?」

虹翆の様子に呆れたように笑いつつもそう言う音羽。
『知らなくて悪かったな』とすねたように頬を膨らませる虹翆。
また喧嘩しないだろうかとドキドキしつつも2人の会話を聞く栄樹。

三人が向かうべき場所は『世界城』。

虹翆「行く場所は分かった。で、その城にはどうやって行くんだ?」

栄樹「歩いて城に向かう・・・。たくさんの町や村も通ることになるかな」

虹翆「なるほど。楽しそうだな」

ゆっくり笑う虹翆。
本当は、決して『楽しい』なんて言えるようなことではない。
音羽はまたも呆れた視線でを虹翆に向け、

音羽「楽しそうってアンタねぇ・・・」

とりあえずそう言ってみる。
そんな音羽を一瞥して、

虹翆「物事は前向きに考えるべきだろ?」

そうあっさり返す。

音羽「そんなでいいのかねぇ・・」

栄樹「・・悪くは無いと思うけどな」


南華・・待ってろよ・・すぐ・・会いに行くからな・・

それが例え 少しの間でも・・

伝えたい事があるんだ。 あの日言おうと思ってた。

君が死んだ日に言おうと思ってた事・・ 伝えたいんだ

そのために世界が滅びようとも 俺が滅びようとも関係ない

       たった一言・・ 君に・・

日も落ちかけた夕暮れ時。
三人は一つの古びた町にたどり着いた。

虹翆「・・っあぁぁ〜!ついたついた〜!」

嬉しそうに声を上げれば、んーっと伸びをして。

音羽「・・・にしても・・人・・居るのかしらねぇ?」

キョロキョロとあたりを見回しつつも、どうも人気の無いこの町。人の気配はあるようだが、一向に出て来そうにも無い。

栄樹「あ・・あの・・誰か居ませんか・・?」

殺風景な町に自分たちの声が響きわたる。
返ってくるのは風の音と自分の声。『警戒されてるのか・・?』小さくそう呟いた。

音羽「出てこない・・・わね」

栄樹「人の声すらしないなんて・・・」

虹翆「どうする? もう遅いし、町の中のアスファルトの上で寝る? それとも空き家あさってそこで寝る?」

栄樹「・・・・どっちも嫌だな・・・」

半分冗談半分本気で言った虹翆に、栄樹が苦笑いを返した。
ふと、音羽が思ったことを口にした。

音羽「人が住んでいそうな家を訪ねて、人が居たらその人に事情を話して泊めてもらうとか・・・」

虹翆「そんなに上手くいくかな?」

栄樹「でも、」

栄樹が言いかけたときだった。
微かに、ほんの僅かにだが、物音がした。
それは近くの家から生まれたもので、軽く金属の触れ合う音だった。

音羽「・・・・聞こえた?」

虹翆「人が居るみたいだな。・・・入ってみるか?」

栄樹「だが、この町の人が俺たちに攻撃してきたら・・・」

虹翆「心配性だな、栄樹は。そんなにぴりぴりしてたら、どこにも行けないよ?」

音羽「栄樹が心配性っていうか、アンタが緊張感無さすぎなんじゃ・・・」

虹翆「そうか? 大抵なら、どこから攻撃されてもやり返せる自信はあるぞ。たとえば――」

言葉をそこで少し区切って、家の二階の窓に目を向けた。

虹翆「その家から俺らを狙ってるヤツとかな」

そういいながら、いつの間にか取り出した拳銃を、その窓に一発撃ちこんだ。

パン、という発砲音の後に、やかましく音を立てて窓が落ちる音がした。

「ひっ・・・・!」

そして、何者かの小さな悲鳴も。

栄樹「!?」

虹翆「殺してはないからな。ちょっと脅かしただけだし」

あんたのちょっとは、ちょっとじゃ無ぇよ! とでも言いたげに虹翆を見て、家に向かって音羽が大声を出した。

音羽「誰か居るの?」

返事は無かった。町の木霊だけが返ってきた。

栄樹「・・・まさか、さっきので気絶したとかじゃ・・・ないよな?」

虹翆「まっさかー。向こうの武器狙って撃ったはずなんだけど・・・。死んじゃったかな?」

冗談めかして虹翆がそう言い終わるのと、家のドアが開くのが同じだった。
ドアが開いた方を見れば、なかなか出てこようとしないドアの向こう側の人。不思議そうに首を傾げて待っていれば時期に小さい女の子が出てくる。
さっき狙ってたのはこの子・・?と頭の中で考えつつも、その子にゆっくりと近寄る栄樹。
その後に続いて、音羽も行こうとしたが虹翆に腕を掴まれて「お前は行くな」と行ったような目で見られたので、とりあえずその場で待とうかと。

栄樹「えーっと・・この町の人・・かな?」

なるべく優しい口調で、そして柔らかい笑みを浮かべつつも首を傾げてみようか。
少女は一歩後退りをしたが、栄樹の笑みに少しホッとしたのか、こくりと頷いた。
頷く少女を見て、「そりゃそーだよなー」と思いつつも
あんまり小さい子とは話した事が無いので少し戸惑いつつも

栄樹「え・・っとー・・何で俺達を攻撃しようとしてたの?」

そう聞いてみれば、少女は暫く考えてから

少女「・・大人達・・は・・旅人を怖がってるの。盗賊なんじゃないかって・・」

少し震えた声でそう答えた少女。この少女もまた、自分達の事を怖い盗賊だと思っているのだろうか。
でも、こういう状態は今の時代少なくはないし、仕方の無い事だ。こんなのにも慣れておかないとな・・と頭の中で呟いた。

栄樹「俺達は盗賊なんかじゃないよ?・・大丈夫だから・・怖がらなくても良いよ?」

優しく微笑めば、少女にそう告げた。
暫く、疑った目で栄樹を見ていたが「大丈夫」と確信したのか、にっこりと微笑めばこくりと頷く少女。

少女「中に入って。ここだと・・・皆に見つかっちゃう」

小さな声でそう言うと、三人を家の中に招き入れた。
栄樹は一瞬躊躇して、扉をくぐった。音羽と虹翆も後に続く。


栄樹たちを、それなりに広い部屋に案内して、少女はお茶を出すからと、扉の向こうに消えた。
少女が出て行った後、ひととおり部屋を見渡して、

音羽「何・・・これ・・・」

ポツリと音羽がそう言った。

虹翆「実はここ、武器庫だったりしてな」

栄樹「・・・すごい数だな・・・・」

案内された部屋の壁という壁に、大量の武器が掛かっていた。古めかしい剣や斧から、黒光りする狙撃銃まで。この家の客間としては、かなり異様だった。

少女「お待たせしました、お茶よ。自己紹介が遅れたけど、わたしは鈴(れい)っていうの」

栄樹「ありがとう。・・・鈴ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?」

鈴「いいよ」

栄樹「この家に住んでいるのは、君だけなのかい?」

鈴「そうなの。わたしはお仕事を頼まれて、ここに一人で住んでるの」

音羽「仕事って、何の仕事?」

音羽が鈴に、優しい声色で聞いた。虹翆が一瞬音羽を見て、すぐに視線を戻す。

鈴「本当の名前は難しくて知らないけど、皆は『お掃除屋さん』ってよんでるよ」

音羽「お掃除屋さん? じゃあ、町をキレイにするってことね?」

素直にコクリと頷く鈴。鈴が顔を上げたのを見て、虹翆が尋ねる。

虹翆「ところで、この武器はどうしたんだ? 君の趣味なのかな?」

虹翆の質問に、今度は首を横に振る。先ほどまでの、屈託の無い子供の笑顔で答えた。

鈴「違うよ。これは町の皆がくれたの。お仕事に使うの」

暫くの沈黙が流れる。
何となく鈴の言っている事が分かった音羽と栄樹は固まっていて。
何の事なのか分からない虹翆は頭の上にハテナマークを浮かべて首を傾げている。
自分が何か変な事を言ってしまったのかと心配そうに三人を見上げる鈴。

栄樹「・・それは・・嫌だとか思わないの?」

沈黙を栄樹が破る。棒読みに近い形で聞いた。

こんなに幼い少女に『掃除屋』をさせるなんて
此処の大人はどうかしている。

鈴「うん!思わないよ。だって『掃除』したらみんな誉めてくれるしこんなに大きなお家だってくれたし」

にっこりと無邪気な笑顔で答える鈴。その笑顔が痛かった。

                  ・・・・い

栄樹「痛っ・・」

凄まじい激痛が襲う。片手で頭を押さえれば、椅子から落ちて床に倒れ込み。そのまま蹲って動かなくなる。
それを見て慌てて椅子から立ち上がれば急いで栄樹に駆け寄り

虹翆「栄樹・・!栄樹ってば!」

ゆさゆさと栄樹の肩を揺らしつつも声をかけるが全く反応が無く。
今にも泣きそうな顔で音羽と鈴を見れば「どうしよう」なんて震えた声で呟く。
音羽と鈴は青ざめた顔で二人を見た。

音羽「栄樹・・どうしちゃったのよ・・!」

カタカタと小さく震えつつもしゃがみ込めば栄樹の腕を掴む。
頭を両手で押さえた状態になっていて顔は良く見えなかったが音羽に掴まれた腕は力無く床に落ち、栄樹の青白い顔が見えるようになった。

虹翆「嫌だよぉ・・栄樹・・死んじゃやだぁ・・」

ぐすぐすと泣き出す虹翆。鈴はどうして良いか分からずただただ立ち尽くして。


ドンドンッ

ドアを叩く音がした。恐らく玄関のドアだろう。

虹翆「!?」

音羽「誰・・・?!」

音へ振り返る二人へ、口の前に人差し指を持ってきて、「静かにして」と鈴。

「鈴? 居るんだろう? 大丈夫かい?」

聞こえてきたのは、中年女性であろう声。鈴が大声で返す。

鈴「居るわ! 何?」

「話があるんだ。 入っていいかい?」

その言葉で、鈴は素早く床にあった取っ手を引っ張った。
現れたのは地下へ続く階段。音羽と虹翆を手招きすると、

鈴「ここに隠れてて! 急いで! そこのお兄ちゃんも!」

切羽詰ったように小声で言った。『お兄ちゃん』というのは、栄樹のことか。音羽が先に入り、その後に虹翆が栄樹を抱えて階段へ。

鈴「閉めるよ」

頭上の扉が閉まって真っ暗になった。頭の上で、玄関に向かって走る鈴の足音と、続けて扉の開く音がした。

鈴「話って何・・?」

頭上で鈴の話し声が聞こえる。
必死で声を押し殺して暗闇の中蹲る二人。
栄樹は相変わらず気を失ったまま。

虹翆「・・栄樹・・」

小さな声で呟いた。今にも泣きそうで掻き消されそうな声で。音羽が虹翆の腕を掴んで『大丈夫・・だから・・』
同じように掻き消されそうな声で呟く。
虹翆はこくりと頷けば、段々と冷たくなっていく栄樹を必死に抱えていた。

おばさん「さっき・・侵入者が入ったって聞いてね・・。」

話し始めるおばさん

鈴「侵入者・・?」

お兄ちゃん達の事かな・・と頭の中で呟きつつも
表には全然出さずにおばさんの話に耳を傾ける鈴。
大した演技力だ。

おばさん「最近何かと物騒だし・・盗賊って言う可能性もあるからさっさと『掃除』して欲しいんだけど・・それにほら・・この街には「あれ」もあるし・・ねぇ?」

鈴「・・分かったわ!任せて!」

そんな声が頭上から聞こえる。
一瞬「え?」と言ったような顔で二人は見合ったが
鈴を信じようと思い、黙って其処で静かにしていた。
扉の閉まる音がすれば、ゆっくりと光が差し込んだ

鈴「大丈夫よ・・もう出て来ていいわ。」

此方を覗き込めば、にっこりと微笑む鈴。

音羽「・・鈴・・あんた・・」

疑いの目を鈴に向ければ、薄く口を開く音羽。
信じようと思ってもやはり信じ切れないから。

鈴「・・大丈夫よ・・。私はお姉ちゃん達を『掃除』したりしない!だって盗賊には見えないもの」

にこっと微笑んでみせれば、手を差し伸べる鈴。
それに心底ホッとすれば地下室から出てくる三人。

「ほおー。良いのかなぁそんな事しちゃって。掃除屋さん?」

何処からかそんな声がする。
3人(栄樹を抜かして)は驚き、部屋の中を見渡す。

音羽「だ・・誰・・?」

音羽が声を上げる。虹翆は栄樹をギュッと抱きしめる。
鈴は何処かで聞いた事のある声に首を傾げた。

「あれれー。忘れちゃったのかな?鈴ちゃん。ひっどいなぁー。正直ショックかもー」

鈴「・・・・・猫さん?」

鈴が恐る恐る声を上げた。
『猫さん』とは・・?と首を傾げる二人。

猫「はーいっ!せいかーい猫でーすっ」

しゃららら・・と何かのゲームで流れそうな音が何処からともなく流れれば、いつの間にか先程音羽が座っていた椅子に
濃い青長髪の一見男か女か分からないシルクハットにタキシードと言う珍しい格好の背の高い人が座っていた。
音羽と虹翆は驚き目を丸くした。
鈴はホッとしたように胸をなで下ろす。

猫「君達が侵入者・・かなぁ?んー何か間抜けで拍子抜けしちゃったー」

くすくすと笑いつつも猫と言う人は音羽と虹翆を見て首を傾げる。

音羽「ま・・間抜けって何よ!」

むっとして大声をあげてしまう音羽。
それを見てまたくすくすと笑いつつも

猫「ツンデレは結構好みよー?」

何て言いながら、音羽に向かってウインクをしてみせる猫。
それを見て苦笑を浮かべる音羽。

鈴「猫さん・・黙っててくれるの?」

少しだけ嬉しそうに、質問をする鈴。

猫「もっちろーん!鈴ちゃんのためならね〜っ・・それに・・栄樹君もどうやら居るみたいだし?」

くるっと鈴の方を振り返れば、にこーっと微笑む猫。
そしてちらっと気を失っている栄樹を見る。

虹翆「・・・それどういう事だよ?」

ギュッ・・とまた栄樹を守るかのように抱きしめれば
猫を警戒した様子で見上げる虹翆。

猫「さあー?何でだろうね〜っ?あっそうだーそう言えば、君達にちょっと御願いがあって来たんだけど」

音羽「お願い・・?」

猫「そ。栄樹君達にしかできないことでね。もちろん、聞いてくれれば・・・」

猫は虹翆の抱きかかえる栄樹を指差した。虹翆の顔が少し険しくなる。

猫「栄樹君を、助けてあげる」

そこにいた猫以外の人間が疑問符を顔に出した。音羽は「なに言ってるのコイツ?」と言いたげな眼差しを向け、虹翆の表情が少しだけ崩れた。

鈴「猫さん・・・どういうことですか?」

猫「ん? ああ、意味が分からなかったね。栄樹君は、このままだと、もしかしたら起きないかもしれない。でもそんなの嫌でしょ? だから、お願いを引き受けてくれたら、栄樹君を助けてあげるよ」

虹翆「じゃあ、断ったら・・・」

虹翆の言葉に、猫はとても楽しそうに言った。

猫「栄樹君が死んじゃう、かもね?」

猫の言葉を聞いた途端、背筋に何かが走った。ゾッとした。

虹翆「・・やだ・・そんなのやだ・・」

子供みたいに、泣き出しそうな声で虹翆がそう呟いた。
音羽は猫の方を見ると

音羽「・・分かった・・御願いって何・・?」

少々震えつつも、そう聞く音羽。
分かったと言う答えを聞いて、嬉しそうに微笑めば

猫「わーいっありがとう!えっとね・・御願いって言うのはー・・鈴ちゃんを連れてってやってくれないかなぁ?」

猫の答えを聞くと、みんな固まって暫く沈黙が流れた。

音羽「・・・・・・・・・・は?」

訳が分からない。と言ったように音羽が声を上げる。
そんな事を無視して話を続ける猫。

猫「正直言ってさー『僕の』鈴ちゃんをこんなヤバイ所に置いときたく無いんだよねー。

うんうんと頷きつつもそう言う猫。
暫く猫の顔を見ていたが、虹翆を見れば

虹翆「・・・・栄樹が良いって言うなら俺は別に・・」

腕の中の栄樹を見つつも、先程死ぬかもと言われ心配なのか、泣き出しそうな声でそう答える虹翆。

音羽「・・しょうがないわね・・・良いわよ。別に。」

猫「あーっ良かった〜!ありがとねーそいじゃ助けましょうかね♪」

本当に嬉しそうに笑う猫。だがそれも演技なのか本気なのか・・それさえも分からなくなってきた音羽。
ちょっと警戒しつつも猫を見ていれば、ぴょこっと椅子から立ち上がり栄樹に近寄り栄樹の額に手をあてる。

猫「・・・お前はこんな所でくたばっても良いのか。」

いきなり声色が変わった猫に、3人は驚き目を丸くする。
そんな事を気にもせず、しゃべり続ける猫。

猫「情けない。何の為に此処まで来たんだ?」

『・・・・南華の為だ・・だから起きなきゃ・・だけど体が動かないんだ・・。』

猫「もう動くだろ?お前が動きたくないだけだ。」

『・・動く?本当に?だけど凄く重くて重くて・・』

猫の声だけが部屋の中に響く。
誰と喋っているのかは分からないが、三人は黙ってそれを見ていた。

猫「ほう? ならば、このままでその人がどうなってもいいと?」

『・・・!』

猫「もう一度聞くが、ここでくたばっていいのか? その南華という人を助けられないままで」

『嫌だ・・・。俺は・・・南華を・・・』


虹翆「!?」

自分の腕の中で、ずっと気を失ったままだった栄樹の目から、涙が流れていったのを見て、虹翆は目を見開いた。音羽と鈴もそれに気付いたのか、驚いて息を呑むのが、虹翆の耳に聞こえた。猫は続ける。

猫「目を開けろ。仲間が待っているんだろう?」


栄樹「・・・ぉ・・とは・・。こす・・い・・」

ずっと閉じられたままだった栄樹の口から、言葉が発せられた。音羽が安堵の息を吐いた。虹翆は栄樹を揺すって、話しかける。

虹翆「栄樹・・ッ!」

意識が戻ってきている。英樹の涙に濡れた瞼が微かに震えた。皆が注視する中で、栄樹は青い瞳を開いた。

虹翆「・・ッッ・・栄樹ッ・・・」

ギュッと栄樹を抱きしめれば、ぽたぽたと目から涙があふれ出る。
音羽も泣き出しそうになりつつも涙を堪えて、鈴は嬉しそうに微笑んだ。
栄樹はと言うとまだ放心状態で、ボーッとしている。
猫は先程の表情は何処かへ消え、また最初のような笑顔でその場の全員を見守る。

猫「ふっふっふー♪コレで契約成立だね♪鈴を頼むよん♪」

パチッと鈴と音羽に向けてウインクをしてみせたと思ったら
いつの間にか消えていた。

音羽「・・変な奴・・」

ぼそりと音羽が呟く。それが聞こえたのか、鈴は苦笑を漏らす。
虹翆はまだぐすぐすと泣いていて。
栄樹は動かせるようになった手を虹翆の頭に持っていく。

栄樹「・・御免・・何か・・迷惑かけた・・よね?」

薄く口を開く栄樹。虹翆の頭に持っていった手をそのまま滑らせ、泣いている虹翆の頭を撫でる。

音羽「・・心配したんだからね・・・。一言言ってから倒れなさいよ・・。」

何て無理な事を言うが、精一杯の笑顔で笑った。
それはとても笑顔とは呼べなかったけれど。

虹翆「・・・・しんじゃったかと・・おもったじゃんかぁ・・」

涙で栄樹の服にしみを作る虹翆を、

栄樹「ゴメン。悪かったよ」

苦笑と呆れの混じったような顔で撫でる。鈴は、少し動いて栄樹の見える場所に立つと、小さくて、ほんの少し震えた声で言った。

鈴「あの・・・、ごめんなさい・・」

ぺコンと頭を下げた少女と言葉に、栄樹は何のことかと一瞬悩み、すぐの思い出して、鈴に微笑んでみせた。

栄樹「いいよ。俺こそごめんね。いきなり倒れて吃驚したでしょ?」

そういいながら、栄樹は虹翆に礼を言って、ゆっくりと体を起こした。音羽が口を開いた。

音羽「栄樹・・。実はさっき・・」

音羽は、猫が来て、栄樹を助ける代わりに、鈴を連れて行くように頼んだ事などを話した。虹翆はそれを黙って聞いていた。

栄樹「そうか・・・。あの時の声は、その人のだったのか・・」

『あの時』と言うのが、どの時なのか3人は大体分かった。
猫が一人で勝手に喋っていた時だろう。
栄樹は暫く考えてから、鈴の方を見た

栄樹「・・俺、は別に構わないけど・・鈴は?・・知ってる?俺達の旅の理由・・」

旅をすると言っても、鈴はまだ子供。
それに旅の理由は「世界を壊す事」。
いろんな事が重なってるとはいえ、結局はそれになってしまうのだ。
鈴は、分からない、と首を振った。
音羽と虹翆は顔を見合わせて、どうする?と言ったように首を傾げた。


猫「俺が助けてあげられるのは此処まで♪
後は自分達で頑張るんだよっ栄樹・・いや、えいじゅん♪」

変なあだ名を付ければ、鈴の家を見ながらくすくすと笑う猫。

エミリ「猫!何してるの行くわよ!」

空中から落とされた声。猫は顔を上げると、箒にまたがっているゴシックロリータ服の魔女を見つける。

猫「はいはーい♪」

適当に返事をすれば、はいは一回で良いとか言われつつも
地上から魔女の箒を追いかける。被っていたシルクハットを深く被り直して。

猫「・・いずれはあんたも落としてやるよ・・エミリ。」

誰にも聞こえてない 消えかけた声で呟いた。


栄樹「・・・やっぱり、旅の目的くらいは言った方がいいんじゃないかな」

音羽「そうね・・・」

虹翆も栄樹に向かって、肯定の意を籠めて頷いた。栄樹は鈴の前に出ると、しゃがんで視線を合わせた。

栄樹「俺達の旅の理由は、『世界を壊す』事なんだ。世界城にある、『世界の石』を取りに行く為に旅をしている」

鈴「世界を、壊しちゃうの? なんで?」

栄樹「大切な人を生き返らせたいんだ。そのためには『世界の石』が必要になる。だから取りに行くんだ」

鈴「でも、そのお城から『世界の石』を取っちゃったら、世界が壊れるんだよね? その人に会えるの?」

栄樹はすぐには答えなかった。かつて、鈴と似たような質問をしたことのある虹翆は、栄樹がこの後何を言うか、大体分かっていた。微笑しながら、栄樹は口を開く。

栄樹「一瞬でも、あの人の笑顔が見たいんだ。たとえ世界を壊すことになっても、ね」

鈴「そう・・なの・・・」

今度は鈴が黙ってしまった。俯き、何も喋らない。音羽が心配そうに、小声で『やっぱ話さない方が良かったんじゃない?』と虹翆に聞いた。虹翆の『さあな』というそっけない言葉が返ってきた。しかし、二人の心配を他所に、鈴が不意に顔を上げた。

鈴「じゃあ、この町の『あれ』と一緒なの?」

鈴の言葉に3人は固まった。
イヤだ、とかやめて、とかそんな事を言われて幻滅されると思ったから。

音羽「あれって・・どういう事?」

とりあえず音羽が聞いてみる。

鈴「この町の外れに祠があってね、其処に『あれ』がはいってるんだって。みんな『あれ』としか呼ばないからどんなものかは分からないけど・・とっても大事なモノなんだって。それから・・・それをとってしまったら、この町が壊れちゃうんだって」

鈴は別に怖がるような脅えるようなそんな表情も見せずに
そう答えた。音羽と虹翆は顔を見合わせて驚いたような表情を浮かべる。

鈴「私は近付かないようにって言われてるから近付かないんだ・・。」

その鈴の一言の後は誰も喋らなかった。
一緒に行ってくれるのとかそんな事も聞けなかった。
そして暫くして、鈴がまた口を開いた。

鈴「私、一緒に行く!」

栄樹「本当?」

鈴「うん!お兄ちゃん達、村の人よりも優しいしきっと楽しいから!」

にっこり、と無邪気な笑顔を見せる鈴。
良いのだろうか、こんなに良い仔を連れて行ってしまって。
まるで悪の集団みたいな自分達と一緒に旅するなんて本当に良いのだろうか。三人はそう思ってしまう。

??「裏切ったね!鈴!!!」

バリーンと言うガラスの割れる音がした。

音羽「!?」

音羽の足元に転がったのは、石。大きくて頭なんかに当たったら死んでしまいそうな感じの石だ。

バンッ!!!! そんな音がして、扉が勢いよく開いた。
扉の向こうに立っていたのは、先程のおばさんだった。

鈴「・・おばさん!?」

鈴が叫んだ。物凄い血相のおばさんは栄樹を指差して怒鳴った。

おばさん「世界を壊すだって!?ふざけるんじゃないよ!
鈴を良くもそそのかしたね!!!!悪魔!!!!!」

鈴「おばさん・・ッやめてッ・・!」

鈴はおばさんに近付いて外に押しやろうとする。
するとおばさんは鈴を思いっきり殴った。

おばさん「触るんじゃないよ裏切り者!!!」

鈴の小さな身体は跳ね飛ばされて床にたたきつけられる。
音羽が慌てて鈴の身体を助け起こす。
その騒ぎを聞きつけて、村人達がやってきた。
手には斧等の凶器を持って。しかし三人は至って冷静だった。鈴だけが、やめてと叫んでいる。

虹翆「腐った大人の集まりだな。此処は。」

音羽「悪魔だなんて失礼な。そっちの方がよっぽど悪魔じゃない? こんな小さい子に『掃除屋』なんてやらせてさ?」

泣くじゃくる鈴を指差して音羽が言う。言いながら後ろに少し下がった。

おばさん「あんたらよそ者に、何が分かるっていうんだい! せっかくよく出来た『掃除屋』だったのにさ! あんたらがそそのかしたせいで駄目になっちまったじゃないか!」

鈴「・・・!?」

栄樹「よく出来た『掃除屋』ねぇ・・」

そういいながら栄樹も後ろに下がる。村人達は気付かなかった。鈴が震える声でおばさんに聞いた。

鈴「おばさん・・・どういうこと・・?」

おばさん「あんたはよく働いてくれたよ、本当に。おかげで『あれ』を守れたんだ。今までの『掃除屋』よりずっと純粋だったから、皆の言うことをちゃんと聞いて、ためらうことなくよそ者を始末してくれた。
なのに、皆を裏切って悪魔の味方になった。だから鈴、あんたは裏切り者だ」

村人達の武器を持つ手に力が入った。全員の顔に、怒りとも喜びとも言えない表情が浮かんでいた。

おばさん「知ってるよねぇ、鈴? 裏切り者は皆に殺されるって掟。あんたらにゃ悪いけど、その掟を犯した裏切り者とよそ者に、生きててもらうわけにはいかないんだよっ!」

おばさんが手に持っていた鉈を振り上げた。村人達も斧や棍棒を振り上げる。
音羽が壁に掛けてあった三日月槍を後ろ手に掴んだ。栄樹も、音羽と同じ様に背後の十字剣を掴む。虹翆が服の中から拳銃を取り出した。


「良くできたねぇ」 頭を撫でてくれたじゃない。
「えらいえらい」  優しくしてくれたじゃない。

あれも全部 嘘? 嘘吐き 嘘吐き 嘘吐き!!!!!

          裏切り者

バンッ と拳銃の音が鳴り響く。 ばたり。誰かが倒れる。
真っ赤に 染まる床。 悲痛な悲鳴。 狂気。 一気に襲ってくる。

おばさん「人殺し!!!!!!!!」

音羽「あんただって今やろうとしたじゃない!!!」

村人が一斉に押しかけた。鈴の家いっぱいに押しかける村人。
こんなに居たのか、とのんきに言葉を漏らす虹翆。

鈴「・・・・っ・・裏切り者・・」

私を               裏切った。

鈴は服の中から棒のようなモノを取り出した。
それを目にも留まらぬ速さで組み立て、大きなバズーカ的なモノに変えた。

鈴「みんなダイッキライ!!!!!!!!!!!」

引き金に力を入れた。 村人に向けられた銃口からは
大きな音と共に大きな玉が飛び出た。

ずどん。どかん。
大きな弾丸はおばさんに当たって、爆発した。

鈴「はぁ・・・っ、はぁ・・・っ」

あの家を出て、四人は誰も居ない町の大通りを走っていた。
音羽は三日月槍を、鈴の家からそのまま持ち出していた。栄樹は似たような剣をもう一本腰に差している。鈴はバズーカ砲をしっかり抱えたまま、息を弾ませている。しかも見かけによらないかなりの速さで、先頭を走っていた。

音羽「・・・これからどうするのさ」

走りながら音羽が聞いた。鈴は前を向いたまま答える。

鈴「祠に行く・・っ! 行って、あれを壊す・・っ! この町を壊す・・・っ!」

虹翆「・・・いいのか?」

ぼそっと虹翆が言った。鈴はその言葉に、少し狼狽したようだったが、すぐに顔を引き締めた。

鈴「こんな町・・・構わない・・!」


「人殺しぃ!!!!」

「逃がすな!追え!!!!」

後ろから村人達が追ってくる。そんな事も気にもせず祠へと向かう4人。

鈴「はぁ・・ッ・・はぁ・・ッ・・・此処だよ・・ッ」

鈴が立ち止まって指を差す。三人も立ち止まって差された方を見る。其処には、木で出来ていて古ぼけて苔が生えている小さな祠があった。

音羽「此処・・?手入れとかしてないよねぇ・・大事なモノの割には。」

鈴「・・近付いたら駄目って決まりなの・・近付いたら神の天罰が・・」

村人「見つけたぞ!!!悪魔め!!!!」

鈴の言葉を遮って、村人の声が聞こえる。
声のした方を見ると、大勢の村人達がじりじりと近付いてくる。

虹翆「・・もうちょっと遅くても良かったのにぃ」

呆れたようにそう呟けば、手に持っていた銃を村人達に向ける。

虹翆「さぁて・・・誰が最初に死んでくれるのかな?」

無邪気で残酷な笑みを浮かべる虹翆。それに震え上がる村人達。

虹翆「・・速く、それ壊して。」

小声で近くの音羽に言う虹翆。音羽は黙って頷くと鈴と栄樹を連れて祠へと向かった。

村人「うああ!!彼奴等祠神様を壊す気だぁぁあぁ!!!!」

村人「生かしちゃおけねぇ・・やっちまえ・・!!」

村人達は一気に独り取り残された虹翆へと押しかける。
10,20・・・30人ほどだろうか。

虹翆「・・やめときなって・・・・戻れなくなる・・」

タァンッ  一発の銃声があたりに響き渡った。


鈴「これっ! これを壊すの!」

指差した先には古い祠がある。祠は硬そうな白い石で作られていて、扉だけ金属で出来ている。その小さな扉は閉まっていた。祠は汚れて古いが、ヒビや欠けたところが無い。

鈴「下がってて」

バズーカ砲の後ろから大きな薬莢を押し込んで、狙いを扉に向けた。軽く息を吸って、引き金を絞ろうとした時、

「壊すの? だったらやめてくれないかな? 困るんだ」

凛とした、どこか楽しそうな声が聞こえた。鈴はそのどこか聞き覚えのある声に驚いて、その反動で引き金を引いた。

どかん。

弾丸は扉に当たって、蝶遣いと鍵を壊した。空薬莢が横に飛び出て、扉の落ちる音と重なった。

「あーあ。やっちゃった」

鈴「誰なのっ!?」

裏返った鈴の声に、その声の主は楽しそうだった。草を掻き分けて、祠の前に姿を現した。

栄樹「・・・!?」

音羽「・・・・ウソでしょ・・・」

くすくす笑いながら出てきたのは、一人の少女だった。ちょうど鈴と同じ背丈。しかし、同じなのはそれだけじゃなかった。

柔らかな薄い栗色の髪。穏やかそうな印象を受けるやや垂れた黒い眼。整った顔立ち。少女は、鈴と瓜二つだった。


タンっ! タンっ!

虹翆「これは流石にキツイかもな・・・」

襲いかかって来る村人達を的確に撃ち抜きながら、虹翆がぼやいた。先ほどより数は減ったものの、敵があまりにも多すぎる。後ろで、鈴がバズーカ砲を使ったのか大きな音が聞こえたが、それ以外の音や会話は、拳銃の発砲音で聞こえなかった。

やがて、かちん、と手の中から乾いた音が生まれた。

虹翆「・・・チッ」

全ての弾を撃ちきった虹翆を見て、村人達が勝ち誇ったように笑った。しかしその笑顔は、虹翆が出したもう一丁の銃によって消える。

地が紅く染まる。足元が真っ赤に染まる。


鈴「・・私ッ・・・?!」

鈴?「・・それ、とっても大事なモノなんだ。解るよねぇ?」

鈴に良く似た少女はくすくすと不適な笑みを浮かべる。
音羽と栄樹は未だに驚きの表情を隠せないで居る。

鈴?「君は誰って顔してるねぇ。その表情も嫌いじゃないよ・・それから、あれ。 無駄な殺生ってヤツかなぁ。あれも嫌いじゃないよ」

鈴に良く似た少女は遠くの方で戦っている虹翆を見ながら言った。
そしてまた栄樹達の方を見るとにっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる。

鈴?「これは壊さないでよ。此処を壊す必要も無いでしょ?さっさと出て行ってくれれば・・それで良いから。」


虹翆「ッ・・はぁ・・ッ・・はぁッ・・はッ・・」

不規則な呼吸が続く。視界が赤いっぱいに染まる。

雑音 苦痛 息苦しさ 火薬の匂い 血の匂い

制御が効かなくなってくる。 ─── モット ───
自分の中の何かが 血 を求める。


虹翆「・・・もっと・・欲しい・・」

子供が駄々を捏ねるみたいに。
子供の残酷で無邪気な笑顔みたいに。

子供の残酷な お遊び みたい。

この場所 今の状況

君達は ヒキガエル ねぇ そうやってもっと

虹翆「・・・・・・・・壊れてみてよ」


鈴「あ・・貴女に何が分かるのよっ!」

鈴?「わかるよ。だって私は貴女でしょ?」

くすくす、と楽しそうにその少女は笑う。

鈴「どっちにしろ、壊さなくてもいいんじゃない? 今この町を出て行けば、こっちも貴女の仲間も傷つかないで済むんだから、ね? それに、」

顎で虹翆の方を指す少女。後ろからはまだ発砲音が聞こえていた。

鈴?「あの人はそろそろアブナイんじゃないかな? あれだけ殺しておいてまだ立っていられるなんて。相当精神力が強いのか、こーゆーのに慣れているのか」


タンタンッ

「がぁ・・・っ!!」

腕を押さえて膝を着く村人。手の下から血が流れている。
もはや村人は彼しか居なかった。あとは全員血の中に倒れている。

カチリ。

虹翆「あとはアンタだけだ。なかなか楽しかった。でもどうせだったらもっと壊れて欲しかったな・・・。・・・じゃあね」

「あ・・やめ・・・」

ガァンッ

村は廃った。 残っているのは小さな子供ばかり。
もう滅びたも同然。 大人達は死んだ。


思い出す。 自分の村が襲われた時の感覚。
焦げた匂い、血・・何もかも。
自分を楽しませる喜劇でしかなかった。
残酷に笑んでいた気がする。

虹翆「・・・・っっ」

ぐらり、視界が揺れた。 ぱたり、血の海に倒れ込む。
沢山の死体と同じように、血の海の上に倒れ込んだ。
あー楽しかった、そう呟いた時意識が遠のいた。

深い眠りに落ちた。


鈴?「ほら、倒れちゃった。大丈夫なのかなぁ?」

栄樹「虹翆ッ!」

少女の言葉も聞かずに、栄樹は虹翆の元に走っていった。
残された音羽と鈴は少女を睨んだ。

鈴?「怖いなぁ。そんなに睨まないでよ?別に私があの人に危害を加えた訳じゃ無いんだから、さ。」


虹翆(・・・・あれ・・・・)

どこだ此処。さっきまでとは違う場所。
でも、何故か見覚えがある。

ああ、なるほど、

虹翆(俺の・・・・町・・・?)

これは夢だ。



音羽「あ・・なた・・・ッッ!!!」

じゃりんっ。

音羽「許さない!」

鈴?「そんな物騒なもの向けないでよ。それに、貴女に私が殺せるの? 仲間なのに?」

音羽「っ!」



栄樹「虹翆っ!」

動かない。息はあるけど、浅い。脈も微かにしかない。
もしこのままだったら・・・。

栄樹「・・・虹翆ィっ!」


「虹翆!」

誰か来た。まだあどけなさの残る少年。鈴と同じ歳ぐらいか。緑の短い髪。青い目。
誰かと、似てるような。

虹翆「紗雅(しゃが)・・・?」

口が勝手に動いた。何でコイツの名前知ってんだ、俺。

紗雅「良かった・・・。虹翆は逃げてたんだね・・。逃げ遅れてたらどうしようかと・・」

虹翆「まさか・・・。アイツ等・・・」

まただ。勝手に言葉が出てくる。
紗雅、という名前らしいそいつは頷いた。

紗雅「壊れてる・・・狂ってるよ・・・」

なんで、と俯く紗雅。


これは夢じゃない。これは、

俺の記憶だ。

懐かしい 何時かの記憶。


栄樹「虹翆っ・・」

血まみれ、虹翆の血じゃないって分かってても思い出してしまう。
───南華。

やだ。誰かが目の前で死んで逝く何てもうやだ。

栄樹「・・虹翆っ・・・」

もう誰も俺を置いていかないで。

泣き出しそうになりながら、栄樹は冷たくなりかけた虹翆の身体を揺らした。


鈴?「───良いの?行かなくて。早くしないと君たちを殺しちゃうかも知れないんだ。」

少女は口を開いて 残酷に笑った、

音羽「・・っ煩いわねッ・・待つってのを覚えなさい・・」

考えて、今何をするべきか。
遠くで栄樹の声が聞こえる。栄樹はパニック状態。虹翆の意識は無い。鈴は怯えきってる。

私が考えなきゃ。 冷静になるんだ。 落ち着くんだ。

降参 謝る 倒す 口答え 置いてく

わかんない わかんない わかんないっ・・!
早くしないと殺される。 落ち着け落ち着くんだ・・。

鈴?「ねぇ、どうするの? ヤっちゃうよ?」


タァンッ・・!

虹翆「沙雅っ・・!!!!」

沙雅が撃たれた。 この時はもう何も考えられなくて。
覚えてない。 何が起こったのか。

ゆめ?きおく? げんじつ?

だってこの先の記憶は無いハズ────

沙雅ヲ撃ッタ奴。 誰ガ殺シタノ?
黒イ髪ノ少年。背ガ低クテ 血ニ飢エタ緑ノ瞳。

アレハ 誰ダッタノ?
ネェ、沙雅──────。


栄樹「やだ・・っ・・やだ・・っ死んじゃやだっ虹翆っ・・」

虹翆の息が止まった。 揺らしても揺らしても反応はない。
さっきまであんなに動き回ってたのに。
昨日まであんなに元気に走り回ってたのに。
身体が冷たい。動かない。

栄樹「虹翆・・っ・・こ・・すい・・」

また何も出来ないの? あの時みたいに。
南華みたいに虹翆も殺してしまうの? 見てるだけなの?

そんなのやだよ。 絶対やだ。

栄樹「・・ふっ・・ん・・」

怖くて頭が廻らない。 考えついたのは人工呼吸・・。
正しい処置なんて思い浮かばないよ。

だけどどうか 息を吹き返して────。


鈴「・・・音羽・・・さん」

音羽「・・・・!?」

彼女と同じ顔なのに、鈴はまるで別人みたく笑った。
どこか優しげで、強そうな笑顔で。

鈴「大丈夫。私が何とかするから」

じゃこんっ

音羽「鈴・・・っ!」

鈴?「ふぅん・・。自分の姿を撃てるの?」

鈴「そのくらいの覚悟は出来てる。それに、貴女は私じゃないし。それにね・・・」

ガァァァアアンッ!

鈴?「・・・え?」

衝撃で背中から木に叩きつけられた。どさり、と崩れ落ちる。ものすごい痛み。気が遠のいていく。

鈴「私、あまり自分が好きじゃないんだ。ごめんね?」

鈴?「な・・・っ、は・・・っ!?」

真っ暗。何も見えない。かすんでいく頭で、聞きとった言葉。

鈴「さようなら。・・・ありがと」


虹翆「しゃ・・・が・・・」

急に画面がおかしくなった。まるで写真を高速で何枚も見ているような。いくつもの声が、重なる。


「まだいたんだ」
   「紗雅・・・・」
          「・・・邪魔だ」
  「・・・許さない」

           「やめろ・・・」
    「君たちが悪いんだ」
「いやだ・・死にたくないッッ」
        「・・・じゃあね」


「・・・誰?」
  「アンタこそ誰よ?」
  
  「俺・・・ここにすんでんだけど」



「・・ねぇ・・栄樹。」
        「ん?何?」
   「俺も行きたいっつったら・・どうする?」


「・・大人達・・は・・旅人を怖がってるの。盗賊なんじゃないかって・・」
       
    「ほおー。良いのかなぁそんな事しちゃって。掃除屋さん?」

   「見つけたぞ!!!悪魔め!!!!」

「・・・壊れてみてよ」

           「あー楽しかった」

そして、過去が現実とつながる。


音羽「・・鈴・・?」

鈴「・・っ・・」

胸にぽっかり穴が空いたみたい。
とても哀しくてでも清々しくて、変な気持ち。
『私』はもう何処にも居なかった。私が撃った後何処かへ消えた。
あれは何だったんだろう?本当に『私』だったのかもしれないね。
・・でも今は・・こんな事してる暇は無い。

鈴「私は、大丈夫です・・っ。早くお兄ちゃん達の所へ!」

鈴はもう平気そうな顔でそう言った。
何処となく哀しい顔だった。

────私はただ頷く事しか出来なかった。


栄樹「・・っ・・ふっ・・」

寒くて 暖かい
哀しくて 楽しい
要らなくて 欲しい
心地よくて 気持ち悪い
大嫌いで 大好き

変な感情の波が押し寄せる。 変な汗と涙が出てくる。

助けて 殺して

自分を制御出来なくなりそう。可笑しくなりそう。
虹翆の緑の瞳は閉じたまま。


音羽「栄樹っ・・!」

栄樹「・・っは・・おとは・・?」

向こうから走ってきた音羽と鈴。
鈴は心配そうに此方を覗き込む音羽は駆け寄って虹翆の額に手を当てた。

音羽「・・っやだ・・死んだりしてないよね・・?」

音羽は俯いたまま泣き出しそうな声を出した。
鈴はその言葉を聞いて目を見開くと音羽の隣に来て虹翆の顔を覗き込む。

栄樹「息・・してなくて・・」

音羽「ウソ・・・でしょ・・・」

声が湿っている。音羽の目にはみるみるうちに涙がたまり、溢れ落ちたそれは、地面に吸い込まれていった。

音羽「冗談じゃないわよ・・・。こんなところで死なないでよ! ちょっと起きなさいよ! ねぇ!」

虹翆の肩をつかんで揺らしてみる。それでも虹翆は起きなかった。

鈴「・・・やだ・・・死んじゃやだ・・・」

喉の奥から出すような声。鈴のあごの先から、雫が落ちる。



別の空間。暗闇だけで構成された場所。
今見えている世界は現実か。只の幻想か。

分からない。

なんで俺はこんなところに・・・


「・・・虹翆」

虹翆「え?」

顔を上げた。少し先の空間にただ一人、少年がいた。
碧色の髪、青い目、独特の抑揚がついた声。

間違えようも無い。

虹翆「紗雅っ!」

また会えた。まさか、また会えるなんて。
思わず紗雅に駆け寄った時だった。

もう少しで紗雅に触れられる。そんな距離で、紗雅と虹翆の間は、突然現れた檻で隔てられた。
虹翆は勢いあまってそれにぶつかってしまった。

紗雅「・・・駄目だよ。君は、まだこっちに着ちゃいけない」

虹翆「紗雅・・・? どういう・・・」

紗雅「虹翆。君は今、仮死状態にある。だから――」

虹翆「ちょ・・・、何だよ仮死状態って・・。 俺は死んだのか?」

檻を掴みながら虹翆が言った。紗雅が首を横に振る。

紗雅「ごめん、虹翆。時間が無いんだ。出来るだけ黙って聞いてて欲しい。
仮死状態って言うのは、いわば生と死の狭間をさまよってる状態なんだ。
もし君がこっちに来てしまえば、君は完全に死亡する。つまり、今僕が立ってる場所は死の空間なんだ」

虹翆「死の・・・空間・・・」

檻を握る手が緩んだ。

紗雅「だから虹翆は、まだこっちに来ちゃいけない。僕は、虹翆にもっと生きて欲しい。虹翆に死んで欲しくないんだよ。
それと、虹翆の仲間さん達にも」

虹翆「仲間・・・。栄樹達のことか?」

紗雅「そう。きっと心配してる。早く行ってあげないと。彼らは君を必要としているんだろう?」


「大丈夫さ。またいつか会える日が来るから。
                  ――必ず」

紗雅「じゃあね、虹翆。また会えて嬉しかった。次に会うのが早くないことを祈るよ」

笑顔でそういい残して、紗雅が振り返る。そのまま歩いていく。

虹翆「紗雅!」

紗雅が足を止め虹翆に振り返った。

虹翆「ごめん紗雅・・・。ありがとな・・・」

やっと言えた言葉。今まで言えなかった言葉。
涙交じりの湿った声に、やはり紗雅は笑顔のままで。

紗雅「謝る必要は無いよ。どういたしまして。じゃ、また」

虹翆「ああ・・・じゃあな」

妙に気分が清々しかった。紗雅に背を向けるように振り返る。

さぁ、戻ろう。
まだやることがある。


音羽「虹翆っ・・虹翆ってばっ・・ばかぁっ・・起きてよッ・・!!!!」

鈴「うっ・・ぐすっ・・」

泣きながら叫ぶ音羽と何も言わずに俯いて泣き続ける鈴。
栄樹は血みどろの虹翆の手を握りしめた。

音羽「なんで・・なんでこんな・・っ」

虹翆「・・っ・・」

「「「!?」」」

音羽が俯いた時、虹翆が小さく咳をした。
三人は驚き目を丸くする。その表情には喜びが見えていた。
ゆっくりと虹翆の緑の瞳が開く。

栄樹「・・っ・・こすい・・・っ」

虹翆「・・・えい・・じゅ・・?どした・・」

音羽「どうしたじゃないわよっ!!!心配したんだからね・・っ」

音羽は泣きながら、虹翆の身体をバシバシと叩く。
鈴は泣きながら嬉しそうに笑うと『良かったです』と呟いた。

虹翆「痛い痛いッ・・!叩くなって!」

音羽「・・っさいっ・・煩いバカッ」

音羽は虹翆に背を向けると、また泣き出してしまった。
虹翆は不思議そうに、音羽の背を見つめた。

虹翆「栄樹・・心配かけて御免ね・・?」

栄樹「うん・・無事で良かった・・。」

虹翆は照れくさそうに笑うと、起き上がって栄樹を見上げた。
栄樹も小さく笑うとそう答える。

音羽「何で私には言わないのよ・・っ・・」

音羽は皮肉っぽく良いながらもその声には喜びが溢れていた。

虹翆「ところで栄樹・・・。『アレ』は・・・?」

ふっと思い出したように虹翆がつぶやいた。3人は一瞬何のことか分からずに、きょとんとしていた。しかし、その2秒後、

「「「ああああーーー!」」」

3人ともそっくりに声を上げた。虹翆が呆れた視線を送る。

虹翆「『あー!』って・・・忘れるか普通・・・」

その視線を、音羽が睨み返した。

音羽「誰のせいで忘れてたと思ってんのよ!」

噛み付くように言われて、虹翆がバツの悪そうな顔をした。

虹翆「悪かったって・・・。とにかく、それを壊しに行くぞ」

栄樹「そうだね・・」



「「「「・・・・・・・・・・・」」」」

祠の中を見て、全員絶句していた。
そのあとに全員顔を見合わせて、栄樹が口を開く。

栄樹「・・・・えっと・・・。何だろうコレ・・・? 何に見える?」

虹翆「金ピカの派手な玉座。んで、小さい紅い石ころ。他に何もない」

虹翆が即答した。

鈴「そうですよね・・・。これが皆が守ってたものなのかな? それにしては・・・ちょっと寂しいような・・・」

小首を傾げながら鈴が正直な感想を述べた。
やれやれ、とでも言いたげな顔で、虹翆が銃に新しい弾を入れた。数歩下がって、銃口を祠の石に向けた。

虹翆「もしかしたら跳弾するかもしれないから、ちょっと下がれ」

音羽「ちょっと? 何する気?」

虹翆「触って爆発とかしたら危ないだろ? それに、爆発しなくても、これなら石でも壊れるかと思って」

栄樹「どうやったらそんな突飛な考えが・・・」

虹翆「そう深く考えないでいいよ。ただ、念には念をってことで」

3人が下がった。それを横目で確認した後、虹翆が引き金を引いた。

バァンっ!  キンッ

短く鋭い音に、鈴と音羽がびくっと肩をすくめた。
一瞬聞こえた金属音にも似た音。銃を下ろして虹翆が舌打ちした。

虹翆「ホント、何なんだよコレは・・・」

石には傷一つ付かずにそこにあった。祠の内側に、速度の落ちた弾が穿った、蜘蛛の巣のようなヒビがあった。その真ん中には、銃弾が埋まっている。

音羽「まさか・・・。でも・・・」

信じられないといった様子で、音羽がそんなことを言った。鈴と虹翆が怪訝そうな表情になる。しかし、栄樹にはその言葉の意味が分かっていた。

栄樹「ああ・・・。多分これは・・・


             ”世界の石”だ・・・」

虹翆「はぁ?」

栄樹の言葉に、虹翆が変な声を出した。

虹翆「・・・栄樹。”世界の石”は、『世界城』っつーとこにあるんだよな? でも、これは・・・・」

栄樹「・・・多分・・・・なんだけど、これは世界の石の一種みたいなものだと思う。世界みたいな大きな範囲じゃなくて、この町の範囲だけ平和を保っていたんだ・・・と思う」

かなり曖昧な答えを返した。虹翆が疑うような眼差しを向ける。

音羽「私も、栄樹の言ったとおり、これは世界の石の類だと思う。世界の石は玉座から離さない限り、銃で撃とうが壊れないって聞いたことがある。でも・・・、そう考えるとおかしなところが出てくるのよね・・・」

虹翆「おかしなところ?」

音羽「なんで世界の石の類が必要だったかってことよ。世界城にある石だけでも、平和が保たれてるんでしょ? わざわざもう一つの石なんていらないじゃない」

鈴「あの・・・・」

先ほどから話の流れに乗れなかった鈴が、ようやく口を挟んだ。

鈴「これは何かの本に載ってた話ですけど・・・。この町は昔、『世界の穴』みたいなところだったらしいです。
『世界の穴』っていうのは、何故かそこだけ“世界の石”の力が働かなくて、何にもないところのことを指すそうです。
その話では、そんな土地に不思議なチカラを持った人が来て、“世界の石”に似せて、その石を作ったそうなんです・・・」

虹翆「ってことは・・・」

鈴「この石を壊せば、またこの町は『世界の穴』になります」

音羽「世界の穴に・・」

虹翆「戻・・る・・。」

まるで漫画のように二人は台詞を交互に分けてそう言った。
鈴は、はい、と言って頷くと石を見つめた。
それにつられるように三人も石を見つめる、と栄樹がふっ、と微笑みを浮かべた。

栄樹「こんなものの為に命張るなんてな…」

それは自分も一緒だ。

小さく栄樹はそう呟く。
急に栄樹のキャラが変わって、ちょっと驚いたように栄樹を見る鈴と虹翆。

栄樹「鈴、この石を壊すかどうか・・決めて良いよ?」

鈴「・・・え・・」

鈴は目を見開いて思わず声を漏らす。
だって此処は君の村なんだから、と栄樹は呟いた。
鈴は、暫くどうしようかと迷った後、もう一度石を見つめる。


鈴「・・壊します。」

しっかりとした口調で、鈴が言った。

黄金の玉座から石を持ち上げた。
先ほどびくともしなかった筈なのに、玉座は簡単にも石を手放した。

鈴は、ほんの少しの間、手のひらの紅い石を眺めて、

鈴「・・・さよなら」

その手を思い切り握り締めた。


手の中に、石が粉々に崩れる感触があった。
握り締めた拳の間から、紅い細かい粉が零れていく。
それらは風にさらわれて、すぐに見えなくなった。

その瞬間、足元が酷くゆれ始め4人は慌てて祠から離れる。

音羽「ちょ、ちょっと!早く此処から離れた方が良いんじゃないの!?」

鈴「・・っですね」

鈴が言い終わると同時に、4人は走り出していた。

世界の穴に戻るという事は、この場所が消える、という事。
全部、無かった事になる。


虹翆「もうちょっと離れて壊せば良かったなー!!」

音羽「仕方ないじゃない!!考えて無かったんだから!!」

先頭を走りながらも喧嘩をしだす二人。
それを見て後ろを走る鈴は苦笑。

栄樹「これって何処までが村なの?」

栄樹はそんな二人を無視して、鈴にそう問い掛ける。
鈴は栄樹を見て暫く考えてから口を開く。

鈴「えーとっ!多分この先の丘辺りまでだと思います!」

村が壊れる音がうるさくて、何時もより大きな声で話さないと聞こえないので鈴は声を張り上げてそう言った。

栄樹「だって!」

栄樹は前の二人にそう話しかけると、音羽が此方を向いて頷く。そしてまた前を向いて走り出す。

暫く林のように木が沢山はえた所を走っていると、前が開けてくる。
少し遠くに、小高い丘が見えてきた。

音羽と虹翆がまず丘を登りきった。後ろを走ってきた鈴を虹翆が引き上げて、次いで栄樹が到着した時だった。

地面が抜けた。
大量の砂煙を出しながら、ガラガラと村が沈んでいった。
ガラクタの山と化した村の建物も、丘の上から窺えた。轟音に混じって、走ってきた林の木の折れる音も聞こえた。

辺りが静かになる頃、村は『穴』に飲み込まれ、そこに存在していなかった。

栄樹「これが…」

少し体を傾いで穴を覗き込むと、底が見えなかった。微かに闇が空気を飲み込む、重い音が聞こえた。

栄樹「………」

体を戻し絶句している栄樹の横に音羽が並んだ。腰に手をあてて、『世界の穴』を覗き込んだ。

音羽「はーっ。文字通り穴なのね。何処まで続いてるのかしら」

虹翆「…落ちてみれば分かるだろ」

またも喧嘩が始まりそうな空気の中、

鈴「…………」

栄樹が、鈴が黙って穴を見つめている事に気がついた。
別段悲しそうでもなく、かといって笑ってもいなかった。

栄樹が見ていることに気づいて、鈴が顔を上げた。そして、

鈴「行きましょっか」

屈託の無い、子どもの笑顔を向けた。

栄樹「……そうだね」

二人の会話を聞いていた虹翆と音羽が、穴に背を向けて歩き出した。
服の中から拳銃をだして、虹翆がため息をついた。

虹翆「あ゛ー、やっぱり弾全部使ってたか…。次の町で買えるといいんだが」

音羽「確か次大きな町を通ると思うけど。今度は殺されないように、って無理か」

丘を降り始める二人を、栄樹と鈴が追った。
鬱蒼と茂る森の遠くに、小さく町が見えていた。